古賀市で育った中村哲さんのご功績と志を私たちが受け継ぎ、次世代に伝えていくため、本日、「古賀市名誉市民の称号」の贈呈式を市役所市民ホールで行いました。市民の皆さんと一緒に、NGOペシャワール会現地代表としてアフガニスタン・パキスタンで支援活動に力を尽くした中村哲さんへの敬意と感謝の思いを共有しました。
長女の中村秋子さんと、中村哲さんと古賀西小学校と福岡高校の同級生でもある古川正敏・ペシャワール会事務局長にご出席いただき、私から名誉市民証書と名誉市民章を贈呈しました。
私は式辞で、中村哲さんが「広報こがまち1997年9月号」のインタビューで、「困っている人がいて、それを見ないふりして自分が楽をするというのは、どんなものかなと思っただけなんですよ」と、活動の原点について語っていたことを紹介。「こうした理念を多くの皆さんと共有し、私たちの地域をよりよくしていくため、市民の皆さんと共に顕彰のあり方を考えていきたい」と申し上げました。具体的には市民の皆さんとの懇話会の設置、顕彰碑の建立などを検討していきます。
中村哲さんは、小学1年から20代後半までの青少年期を古賀市で過ごしました。当時の郵便局長に連れられて西山や清滝などに遊びに行ったといい、中村さんは古賀西小学校の50周年記念誌に寄せた文章で、「自然への興味が昆虫採集や山歩きとなり、その延長に今の生き方が築かれたのは事実のようです」と振り返っています。
2016年8月6日には、古賀市の「みんなの人権セミナー」でご講演いただき、「一隅を照らす」という言葉を遺していただきました。「私にとっての一隅はアフガンだった。世界中の人がそれぞれの一隅を見つけて、その一隅を照らせば、世界中が照らされる。それが、きっと世界平和につながる」とのメッセージを、私たち市民はしっかりと受け取っています。古賀西小学校では子どもたちが毎年ペシャワール会を支援する募金活動を続けています。
個人的な話ですが、私にとって福岡高校の大先輩でもあり、2018年の創立百周年記念行事でご挨拶させていただいた際の優しい笑顔が今も鮮明に思い出されます。
昨年12月の銃撃事件後、古賀市として弔意を表すとともに、「広報こが2020年2月号」で中村哲さんの特集記事を掲載。追悼パネル展や追悼トークを開催し、私自身がペシャワール会の事務所に訪問させていただくなどしてきました。今回の名誉市民の称号の授与については今年2月に市議会定例会で私から議案を提案し、可決していただいていました。
本日の名誉市民の称号の贈呈をひとつの大切な節目として、中村哲さんの志とご功績をまちづくりにつなげていく決意を新たにします。
投稿者:【mayor2010】
2020年10月06日 18時20分
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