古賀市秋季戦没者追悼式。市民の皆さまと共に不戦を誓い、世界の恒久平和へ決意を新たにしました。私の式辞全文です。
式辞
本日ここに、戦没者ご遺族並びにご来賓各位、市民の皆さまのご列席のもと、古賀市秋季戦没者追悼式を挙行するにあたり、市を代表し、謹んで式辞を申し上げます。
先の大戦が終わりを告げてから、本年で八十一年を迎えました。昨年、戦後八十年という大きな節目に際し、この場で申し上げた思いは、一年を経た今も何ら変わるものではありません。
祖国の安寧を願い、愛する家族を案じながら戦地に赴き、尊い命を落とされた方々、また戦後、遠く異郷の地で亡くなられた方々のことを思うとき、深い悲しみとともに、その犠牲の重みが胸に迫ってまいります。私たちが今日享受している平和と繁栄は、こうした方々の尊い犠牲と、ご遺族の長きにわたるご労苦の上に成り立っているものです。戦没者の皆様に謹んで哀悼の誠を捧げますとともに、ご遺族の皆様に心から敬意を表します。
戦争は最大の人権侵害であり、一人ひとりの自由と幸福を根こそぎ奪い去るものです。私たちはここに不戦を誓い、個人の尊厳が守られ、平和と安定が続く社会の実現をめざして歩みを進めていく決意を新たにしなければなりません。
私自身は祖父母やその世代の皆さんから戦争の過酷な体験を直接聞くことができました。しかし、こうして体験者の声に触れ、追体験する機会は、年を追うごとにいよいよ失われていきます。だからこそ、私たちは追体験できる「最後の世代」であることを自覚しなければなりません。
平和とは何かを考え、自ら行動し、次代へ確実につないでいく。この責務を、深く心に刻みたいと存じます。戦争の記憶を風化させてはならない。この決意は変わることはありません。
世界に目を向けますと、平和への脅威は過去のものではなく、今この瞬間も私たちの目の前に存在しています。長期化するロシアによるウクライナ侵略、パレスチナ問題に端を発するガザ地区の深刻な人道危機に加え、アメリカとイランをめぐる緊張の高まりは、中東地域のみならず世界全体の不安定化を招いています。
こうした国際的な緊張は、エネルギー価格の高騰や物価上昇を通じて、私たち古賀市民の日々の暮らしにも確かな影響を及ぼしています。平和とは、遠い国の出来事ではなく、私たち自身の生活そのものです。
さらに、大国の指導者による核兵器使用の示唆や、排外主義的風潮の拡大は、被爆国に生きる私たちにとって決して看過できるものではありません。核兵器の非人道性を深く胸に刻み、その使用が示唆されることすらあってはならないということを、ここに確認しておかなければなりません。
古賀市は、非核・恒久平和都市として、平和首長会議や日本非核宣言自治体協議会に加盟し、平和行政の推進に力を尽くしてまいりました。昨年は「被爆・戦後80年」をテーマに「戦争と平和を考える月間」として各種事業を実施し、市民の皆様とともに平和の尊さを考え、学び、語り合いました。この歩みは節目の年だけのものではなく、たゆまず続けていくべきものです。
小中学校においては、被爆者の方から直接体験談を聞く機会を設け、修学旅行で被爆地を訪れ、全ての学校で被爆クスノキ2世を育て、核兵器なき世界をめざす平和教育を通じて、子どもたちに戦争の実相と恒久平和の意味を伝え続けています。被爆者の方の生の声に触れることは、子どもたちの心に深く刻まれ、平和の尊さを次代へとつなぐかけがえのない機会となっています。一人ひとりの小さな行動の積み重ねこそが、平和な世界への確かな歩みであると信じます。
古賀市は、このきわめて厳しい現実を直視し、対立と分断を煽るのではなく、他者を包摂することを前提とし、市民、議会、行政が世界恒久平和の実現に向けて知恵を出し合い、力を合わせ、誰もが平和で安心して暮らせる世界を古賀市から築いていくことをあらためて決意し、今ここにお誓い申し上げます。
結びにあたり、戦没者の御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げますとともに、ご遺族の皆様の今後のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げ、追悼の辞といたします。
令和八年九月五日
古賀市長 田辺 一城
◇
舞の里5区で対話集会。テーマは環境保全、ごみ減量。古賀市など3市1町の玄界環境組合が新たなごみ処理施設の整備を検討する中、大切な視点です。
私からは市民の皆さんと共に進める「4R(Refuse、Reduce、Reuse、Recycle)」の実践を説明したうえで、古賀市の自治会と連携した分別収集の意義について、生産年齢人口が減少する中で支え合いの起点となるコミュニティの重要性にも触れながら申し上げました。「よくわかる!」とおほめの言葉がうれしく。
また、熊本地震1カ月の節目に、全国有志の「活力ある地方を創る首長の会」による被災自治体支援について、特に古賀市が派遣したリエゾンと保健師の観点で朝日新聞が報道してくれたことから、この取り組みの意義を説明しました。
せっかくなので、冒頭、この前日の高市早苗総理大臣との面会も報告。京都府八幡市の川田翔子市長の「産休」取得で明らかになった課題を踏まえ、私たち青年市町村長は、国家として多様な人材が活躍できる制度保障が必要と考えています。
投稿者:【mayor2010】
2026年09月14日 14時24分
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熊本地震の被災自治体支援の経験から古賀市の今後の災害対策をどう進めるか。市議会一般質問の答弁で、古賀市の一連の動きと成果を分かりやすくまとめたので全文ご紹介します。危機管理は首長の最重要責務。ぜひご一読ください。
<答弁>
地震発生直後は、市の公共施設など市内における被害状況の把握に努めました。
翌日には、臨時庁議を開催し、被災自治体への支援が必要との判断から令和8年熊本地震支援対策本部を設置しました。また、私が直接、熊本県八代市の小野泰輔市長から電話で被災の状況を伺い、現地のニーズを踏まえた上で、発災翌日から本市の給水車と上下水道課を中心とした職員を派遣しました。
さらに地元の運送会社のご協力を得て、本市が備蓄している飲料水や排便処理セットをはじめとする衛生用品などの物資の提供を行いました。
加えて、全国の首長有志で組織され、私が事務総長代行を務める「活力ある地方を創る首長の会」として、被災自治体を支援することを決定し、本市が危機管理課を中心として被災自治体と支援自治体の調整役となり、リエゾンも派遣し、現地ニーズに合わせた支援を継続して進めているところです。
特に保健師につきましては、八代市長から災害関連死を防ぐため、既存スキームとは異なる形での派遣要請があり、全国の自治体から8月末時点で延べ577人が派遣されました。これは、八代市へ派遣された保健師全体の約4割を占めるものであり、八代市長からも派遣に対する感謝の言葉をいただいているところです。
本市では、発災直後より給水車による給水支援をはじめ、保健師や被災地で情報収集等を行う事務職員、いわゆるリエゾンなど8月末時点で延べ136人の職員を派遣しております。
給水車派遣につきましては、本市として初めての被災地支援となり、現地での給水ポイントや移動ルートの把握など被災自治体職員との調整、派遣期間中の現地活動と通常業務を両立するための職員体制など、実際の災害現場における課題を確認することができました。
また、本市が被災した場合を想定し、市民への情報提供や必要な給水車の台数、給水活動を継続するための職員体制など、あらかじめ検討すべき課題を具体的に考える機会にもつながったものと考えております。
保健師派遣につきましては、初動体制の構築や庁内調整、必要な資材の調達から現地での支援に至るまで、一連の災害対応を、実践を通じて経験することで、実務能力や専門性の向上につながったものと考えております。
また、在宅高齢者への訪問活動を通じ、被災者に寄り添った支援を経験したことは、人材育成の面でも大きな成果があったものと考えております。
さらに、本市として初めて派遣したリエゾンにつきましては、被災自治体職員との信頼関係を構築し、現地の状況やニーズを把握しながら、支援を必要なところにつなげる役割を果たしました。
この経験を通じ、災害現場では、すべての情報や条件が整うのを待つのではなく、その時点で得られる情報を基に即時に判断し、必要な行動につなげていくことが重要であると改めて認識したところです。
つきましては、今回の職員派遣を通じて、得られた経験と知見を職員や防災活動に関わる市民と共有し、組織全体の災害対応力を高め、より迅速で実効性のある災害対応につなげてまいります。
今回の支援を通じて明らかになった課題の一つとして、被災自治体における受援体制の整備が挙げられます。特に発災直後は、被災自治体において、職員自身も被災者となる中で、膨大な災害対応業務に追われることになります。外部からの支援物資や応援職員が届いたとしても、必要な場所へつなぐ体制が整っていなければ、支援を十分に生かすことができません。
このことから、必要な物資や人的支援を迅速に受け入れ、的確に被災者へ届けることができるよう、平時から受援体制を整えておくことが重要な課題であると考えております。
また、被災自治体ではない自治体が、自己完結型で現地にリエゾンを送り、支援自治体との調整役となり現地ニーズに合わせた支援を行う今回の体制は、被災自治体の負担軽減につながっているものと考えております。この体制はこれまでにない新しい形であり、今後、国等に提案してまいりたいと考えております。
今回の熊本地震では、発災直後から被災地へ迅速に職員を派遣し、職員が実際の災害現場を経験することで、被災自治体が抱える課題や災害対応の実態を直接把握することができました。
また、今回のように被災地を支援する経験そのものが、本市が被災した場合に、市民の命と暮らしを守るための貴重な糧になるものと考えております。
今後は、その経験を一過性のものとすることなく、派遣した職員が現地で得た知見や課題を共有し、本年度、改訂予定の地域防災計画や災害対応体制の充実につなげてまいります。
投稿者:【mayor2010】
2026年09月10日 11時18分
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市長3期目をめざして立候補することを決意しました。
古賀市長選挙が11月22日告示、同29日投開票の日程で実施されます。私は、私たちの郷土のため、私自身が継続してその任に当たらなければならないと覚悟し、本日の市議会本会議で決意を表明しました。
38歳で就任以来、この2期8年間の市民の皆さま、議会の皆さまのご理解とご協力、そしてご支援に心から感謝申し上げます。そして、引き続きのご指導をよろしくお願いいたします。
<決意表明>
この2期8年間、「オール古賀」で「未来への責任」を果たすことを常に念頭に置き、自治体経営者として職員の皆さんと共に全力を尽くしてきました。何よりも、政治家としての原点である現場主義を貫き、市民の皆さまとの対話と交流を起点としてまちづくりを推進し、最も重要な責務である危機管理も徹底してきました。
おかげさまで、2期目に掲げた公約は全て達成ないし着手しており、まずは、多大なるご理解とご協力をいただいた議会の皆さまをはじめ全ての皆さまに心から感謝申し上げます。
わが国の人口が減少し、縮退社会へと向かう中、古賀市はこの8年間の都市開発をはじめとする政策展開により、人口の維持・増加、企業立地の拡大による大幅な増収が見込めるようになりました。都市と自然の調和、子ども・子育て支援の強化、教育環境の向上、高齢者・障がい者福祉の充実により、市民の皆さまから暮らしやすさ、生きやすさを実感するお声が多く届くようになりました。全国に政治家のネットワークを築き、時代の価値観の変容を捉えながら、一歩先を行く政策を展開し、古賀市への注目が高まっていることも実感します。
私は、人として、政治家として、これから何を為すべきか。2期目の任期が終盤に入り、真剣に考え抜きました。自らの経験と知見と感性を総動員して、この社会を、とりわけ郷土である古賀市を、子どもたちや孫たち、さらにはその先の世代のために、持続可能性をさらに高め、よりよいものにしてつないでいかなければならない。あらためて強く思うようになりました。
私たちの郷土のために、私自身が市長として、継続してその任に当たらなければならない。そう覚悟し、3期目をめざして立候補することを決意いたしました。
投稿者:【mayor2010】
2026年09月03日 17時16分
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