熊本地震の被災自治体支援の経験から古賀市の今後の災害対策をどう進めるか。市議会一般質問の答弁で、古賀市の一連の動きと成果を分かりやすくまとめたので全文ご紹介します。危機管理は首長の最重要責務。ぜひご一読ください。
<答弁>
地震発生直後は、市の公共施設など市内における被害状況の把握に努めました。
翌日には、臨時庁議を開催し、被災自治体への支援が必要との判断から令和8年熊本地震支援対策本部を設置しました。また、私が直接、熊本県八代市の小野泰輔市長から電話で被災の状況を伺い、現地のニーズを踏まえた上で、発災翌日から本市の給水車と上下水道課を中心とした職員を派遣しました。
さらに地元の運送会社のご協力を得て、本市が備蓄している飲料水や排便処理セットをはじめとする衛生用品などの物資の提供を行いました。
加えて、全国の首長有志で組織され、私が事務総長代行を務める「活力ある地方を創る首長の会」として、被災自治体を支援することを決定し、本市が危機管理課を中心として被災自治体と支援自治体の調整役となり、リエゾンも派遣し、現地ニーズに合わせた支援を継続して進めているところです。
特に保健師につきましては、八代市長から災害関連死を防ぐため、既存スキームとは異なる形での派遣要請があり、全国の自治体から8月末時点で延べ577人が派遣されました。これは、八代市へ派遣された保健師全体の約4割を占めるものであり、八代市長からも派遣に対する感謝の言葉をいただいているところです。
本市では、発災直後より給水車による給水支援をはじめ、保健師や被災地で情報収集等を行う事務職員、いわゆるリエゾンなど8月末時点で延べ136人の職員を派遣しております。
給水車派遣につきましては、本市として初めての被災地支援となり、現地での給水ポイントや移動ルートの把握など被災自治体職員との調整、派遣期間中の現地活動と通常業務を両立するための職員体制など、実際の災害現場における課題を確認することができました。
また、本市が被災した場合を想定し、市民への情報提供や必要な給水車の台数、給水活動を継続するための職員体制など、あらかじめ検討すべき課題を具体的に考える機会にもつながったものと考えております。
保健師派遣につきましては、初動体制の構築や庁内調整、必要な資材の調達から現地での支援に至るまで、一連の災害対応を、実践を通じて経験することで、実務能力や専門性の向上につながったものと考えております。
また、在宅高齢者への訪問活動を通じ、被災者に寄り添った支援を経験したことは、人材育成の面でも大きな成果があったものと考えております。
さらに、本市として初めて派遣したリエゾンにつきましては、被災自治体職員との信頼関係を構築し、現地の状況やニーズを把握しながら、支援を必要なところにつなげる役割を果たしました。
この経験を通じ、災害現場では、すべての情報や条件が整うのを待つのではなく、その時点で得られる情報を基に即時に判断し、必要な行動につなげていくことが重要であると改めて認識したところです。
つきましては、今回の職員派遣を通じて、得られた経験と知見を職員や防災活動に関わる市民と共有し、組織全体の災害対応力を高め、より迅速で実効性のある災害対応につなげてまいります。
今回の支援を通じて明らかになった課題の一つとして、被災自治体における受援体制の整備が挙げられます。特に発災直後は、被災自治体において、職員自身も被災者となる中で、膨大な災害対応業務に追われることになります。外部からの支援物資や応援職員が届いたとしても、必要な場所へつなぐ体制が整っていなければ、支援を十分に生かすことができません。
このことから、必要な物資や人的支援を迅速に受け入れ、的確に被災者へ届けることができるよう、平時から受援体制を整えておくことが重要な課題であると考えております。
また、被災自治体ではない自治体が、自己完結型で現地にリエゾンを送り、支援自治体との調整役となり現地ニーズに合わせた支援を行う今回の体制は、被災自治体の負担軽減につながっているものと考えております。この体制はこれまでにない新しい形であり、今後、国等に提案してまいりたいと考えております。
今回の熊本地震では、発災直後から被災地へ迅速に職員を派遣し、職員が実際の災害現場を経験することで、被災自治体が抱える課題や災害対応の実態を直接把握することができました。
また、今回のように被災地を支援する経験そのものが、本市が被災した場合に、市民の命と暮らしを守るための貴重な糧になるものと考えております。
今後は、その経験を一過性のものとすることなく、派遣した職員が現地で得た知見や課題を共有し、本年度、改訂予定の地域防災計画や災害対応体制の充実につなげてまいります。
投稿者:【mayor2010】
2026年09月10日 11時18分
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市長3期目をめざして立候補することを決意しました。
古賀市長選挙が11月22日告示、同29日投開票の日程で実施されます。私は、私たちの郷土のため、私自身が継続してその任に当たらなければならないと覚悟し、本日の市議会本会議で決意を表明しました。
38歳で就任以来、この2期8年間の市民の皆さま、議会の皆さまのご理解とご協力、そしてご支援に心から感謝申し上げます。そして、引き続きのご指導をよろしくお願いいたします。
<決意表明>
この2期8年間、「オール古賀」で「未来への責任」を果たすことを常に念頭に置き、自治体経営者として職員の皆さんと共に全力を尽くしてきました。何よりも、政治家としての原点である現場主義を貫き、市民の皆さまとの対話と交流を起点としてまちづくりを推進し、最も重要な責務である危機管理も徹底してきました。
おかげさまで、2期目に掲げた公約は全て達成ないし着手しており、まずは、多大なるご理解とご協力をいただいた議会の皆さまをはじめ全ての皆さまに心から感謝申し上げます。
わが国の人口が減少し、縮退社会へと向かう中、古賀市はこの8年間の都市開発をはじめとする政策展開により、人口の維持・増加、企業立地の拡大による大幅な増収が見込めるようになりました。都市と自然の調和、子ども・子育て支援の強化、教育環境の向上、高齢者・障がい者福祉の充実により、市民の皆さまから暮らしやすさ、生きやすさを実感するお声が多く届くようになりました。全国に政治家のネットワークを築き、時代の価値観の変容を捉えながら、一歩先を行く政策を展開し、古賀市への注目が高まっていることも実感します。
私は、人として、政治家として、これから何を為すべきか。2期目の任期が終盤に入り、真剣に考え抜きました。自らの経験と知見と感性を総動員して、この社会を、とりわけ郷土である古賀市を、子どもたちや孫たち、さらにはその先の世代のために、持続可能性をさらに高め、よりよいものにしてつないでいかなければならない。あらためて強く思うようになりました。
私たちの郷土のために、私自身が市長として、継続してその任に当たらなければならない。そう覚悟し、3期目をめざして立候補することを決意いたしました。
投稿者:【mayor2010】
2026年09月03日 17時16分
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高市早苗総理大臣を表敬訪問。
全国青年市長会(会長=前田晋太郎・山口県下関市長)と全国若手町村長会(会長=森田浩司・奈良県三宅町長)の役員が8月28日、合同で総理官邸へ。私は全国青年市長会の副会長(九州担当)を務めています。
京都府八幡市の川田翔子市長の「産休」取得で明らかになった課題を踏まえ、私たち首長は国家として多様な人材が活躍できる制度保障が必要と考えており、両会ともに意見をまとめています。このことについて高市総理に直接お伝えできたことは大きい。
加えて、私からは熊本地震発生以来、全国青年市長会の会員市長をはじめとする首長有志、九州の各自治体が被災自治体支援に積極的に動いていることをご報告しました。発災1カ月のタイミングで訪問できてよかったです。
市町村が国と直接つながり、意見を交わす。その実現のために首長が行動する。その前提は政治家個々のネットワーク。これが具体的な政策を生み出し、市民生活の向上につながると確信します。引き続き全力を尽くします。
◇
熊本地震から1カ月。
被災自治体の皆さまにおかれましては、甚大な被害が生じ、さらには酷暑の中、厳しい日々が続いておられることと思います。心からお見舞い申し上げます。
これまでご報告してきている通り、古賀市は発災直後から全国の「ハブ機能」となることを決断し、私自身が八代市の小野泰輔市長とやり取りを始め、職員を情報連絡・調整のリエゾンとして現地に派遣。全国有志の「活力ある地方を創る首長の会」の自治体による物資送付、人材や車両の派遣といった既存スキームを超えた初動支援につなげてきました。
特に、保健師派遣は現在までに延べ約600人に上り、被災地の高齢者宅へのきめ細かな訪問などで災害関連死を防ぐことにつながっています。リエゾン派遣とあわせ、今後の国家としての災害初動対応を考えるうえで参考となる動きになっているのではないかと思います。
ご尽力いただいている各自治体の首長、職員の皆さまに心から感謝いたします。
朝日新聞は8月29日付朝刊で、活力ある地方を創る首長の会による被災自治体支援について、特に古賀市が派遣したリエゾンと保健師の観点で報道してくれています。
こうしたタイミングで、活力ある地方を創る首長の会や全国青年市長会で同志として活動している静岡県磐田市の草地博昭市長が8月27日、古賀市役所に。上記の支援活動でも迅速に決断、協力していただき、磐田市の災害経験も踏まえ私自身にも有意義な助言をくださるなどとても頼りにしています。
こうしたご訪問、何より政治家は決断力と行動力だと思うので、大変勇気付けられます。今後の自治体そして国家としての防災、災害対応の強化に向けた意見交換ができました。草地市長、ありがとうございました!
草地市長のX(Twitter)の報告もぜひご参照ください。
https://x.com/kusacchi51/status/2093649492260299130/
◇
市議会本会議が8月26日に開かれ、私から提案している議案への大綱質疑。
2025年度決算も踏まえ、「財政状況は厳しくなりつつあるものの大きな事業に着手する余裕はある」との認識に変わりはないことを答弁しました。なお、大きな事業とは古賀駅周辺開発や公園再整備、小中学校の大規模改修などになります。
ただし、経常収支比率の上昇は財政構造の硬直化を示唆し、注視する必要があります。財政状況の継続的な分析を行い、今後の予算編成に臨みます。経常的支出である人件費や社会保障費の動向を注視し、市税等の歳入状況も総合的に勘案し、必要な政策を実施していきます。
連日分刻みの毎日が続いています。公務はもちろん内外からの報告・連絡・相談・調整が相次ぎ、息つく間がありません。そうした中、市民の皆さんの多くのお言葉に励まされます。まちづくりに真摯に取り組んできたことが伝わっていて感謝感謝です。ますます頑張ります。
投稿者:【mayor2010】
2026年08月31日 15時40分
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ルーマニアのラエツキ大使が古賀市をご訪問!光栄!
久保区のみんなの食堂「あったかくぼしょくどう」では、地元の皆さんがつくってくださったルーマニア料理のチョルバを一緒に。「美味しい!」とおほめの言葉。古賀市は学校給食でチョルバを提供しています。
鹿部区の成人学級は日頃から国際交流・多文化共生に取り組んでくださっています。大使が公民館に到着するとお手製のルーマニア語の横断幕で大歓迎。地元の皆さんや子どもたちとデコマグネットづくりを。おしゃべりしながらかわいらしいマグネットができ上がりました。
青柳・五所八幡宮の参拝へ。境内の巨木に、世界的に有名な同じ欧州のあの国から生まれたキャラクターが…。フィンランドの大使にもお伝えいただけるとのこと!風鈴が飾られ、夏の良い雰囲気の中、散策できました。
こうして他国の大使が市町村にいらっしゃることはめったにありません。東京オリンピック・パラリンピックでルーマニアのホストタウンを務めたご縁から始まり、その後も、私自身がSNSで選手たちとやり取りし、大使館を訪問し、交流を続けてきました。ちなみに、ホストタウンになることは県議時代に私から当時の中村隆象市長に提案したもの。
今回、せっかくなら市民の皆さんの日常の中で交流していただきたいと思い、古賀市内をお連れしました。ご協力いただいた皆さんに感謝いたします。
国際交流・多文化共生は私の公約であり、専門の係を立ち上げて推進してきました。ルーマニアだけでなく、タイ、ベトナム、韓国、中国、台湾、アメリカなどと大使館・総領事館等を通じた具体的な取り組みを進められています。世界とつながり、平和につなげる。引き続き頑張ります!
投稿者:【mayor2010】
2026年08月25日 17時33分
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古賀市議会定例会が本日、開会しました。私から、熊本地震の被災者支援を含む補正予算案や2025年度決算などの議案を提案しました。
本会議の冒頭、全国有志の「活力ある地方を創る首長の会」の広域連携による初動支援を報告。古賀市が発災翌日から被災自治体に部長級職員をリエゾンとして派遣し、全国の自治体の支援を現地につなぐ「ハブ機能」を担っていること、迅速に給水車や保健師の派遣、物資の送付を実現していることを申し上げました。
また、熊本地震の被災者の方々の避難のため、古賀市は市営住宅を2戸準備しています。そのうえで、補正予算案には、市営住宅に入居した人(世帯)に対する生活支援金の支給を盛り込みました。世帯あたり5万円+世帯員1人あたり1万円になります。詳しくはこちらに。
https://www.city.koga.fukuoka.jp/cityhall/work/kikikanri/061.php
決算の提案理由では、2025(令和7)年度の施政方針に掲げた主な取り組みを説明しました。以下、その部分です。それにしても盛りだくさん、いろいろな事業を展開させていただきました。
「戦後80年―恒久平和希求と人権保障の徹底」では、戦後80年という節目の年にあたり、8月を「戦争と平和を考える月間」と位置付け、平和施策を推進しました。名誉市民である中村哲さんのドキュメンタリー映画「荒野に希望の灯をともす」の上映と対話を開催し、280名の参加がありました。参加者からは、平和とは単に戦争がない状態にとどまらず、日々の暮らしの中で安心して生活でき、人と人が支え合える社会であることが重要であるとの意見が寄せられ、平和を身近な課題として捉える機会となりました。
部落差別をはじめあらゆる人権問題を解決するため、「同和問題を考える市民のつどい」や「いのち輝くまち☆こが」を開催し、広報こがを通じた継続的な市民啓発を行いました。
「DXの加速と市民サービスの向上」では、AI活用の本格化に向けて、本市独自の生成AIに関する実証実験を実施し、65人が参加しました。古賀市独自のデータを活用したRAG(検索拡張生成)を整備し、信頼性の高い情報提供が可能となり、生産性向上と業務効率化につながりました。
「これから半世紀を見据えたまちの改造・再編」では、将来にわたり雇用を創出し、税収を確保するため、土地利用転換と企業誘致を積極的に推進しました。
今在家地区、新原高木地区、青柳大内田地区、青柳釜田地区では、造成及び建築工事が進捗し、青柳迎田地区では、工業団地形成に向けた市街化区域への編入手続きを、新久保南地区では住宅地・商業地形成に向けた協議を進めました。
JR古賀駅周辺では、東口エリアにおいて、地元関係者と将来の土地利用について協議を継続し、都市計画の変更手続に着手しました。西口エリアでは、3D都市モデルを用いたワークショップを開催し、将来像を可視化することで参加者の理解を促進しました。
リーパスプラザこがのリニューアルに向けた社会実験として文化芸術公演を2回実施しました。
千鳥ヶ池公園に移転する体育館については、市民アンケートを実施し、スポーツ推進審議会で必要な機能・設備を検討しました。
社会福祉センター千鳥苑は、老朽化に伴う建物廃止と機能移転の方針のもと、維持すべき機能について検討を重ねました。また、市民に安心して利用していただくため、指定管理者と共に、ハード面においては現建物の適正な管理を、ソフト面においては生きがい活動の支援などを実施しました。
西鉄宮地岳線跡地では、道路整備や憩いの空間整備を実施し、地元説明会を開催しました。
浄水場の老朽化対策及び将来にわたる水資源の安定確保という課題に対し、平常時・災害時の安全性、供給の安定性ならびにコスト効率を総合的に検討した結果、令和7年7月1日付けで古賀浄水場を廃止し、全量受水方式へ完全移行しました。
「シェアリングエコノミーと公民連携の推進」では、EVカーシェアリングは事業者を決定し、令和8年10月から事業開始とする方針を固めました。「地方創生2.0」を見据え、「シェアワーカー」を地元企業のDX推進役につなぐ事業を展開しました。市内企業13社への伴走支援を実施し、15名のキャリア面談を行い、マッチング交流会を開催した結果、計5名の実質的なマッチングが進み、魅力的な就労環境の創出と地元企業のデジタル化を後押ししました。
インキュベーション施設「快生館」は、運営を通じて入居企業が31社に達し、関係人口の創出につながりました。一方、自走化については、老朽化に伴う修繕費の増大等により採算性の確保が困難となり、現事業者による継続は断念する結論に至りました。
令和7年7月、公民連携による脱炭素経営支援プラットフォーム「脱炭素ブリッジこが」の運用を開始し、新たなマネジメント組織として「地域エネルギー会社」を設立する方向性を示しました。
生産年齢人口の減少が避けられない中、地元企業と連携し、高校生対象の企業見学バスツアーを実施しました。さらに、ツアー型インターンシップを実施し、就業体験を通じて古賀市の魅力を発信するとともに、参加企業では計11名の新規採用につながりました。
物価高騰下における地元企業の生産性向上・省エネを促進するため、「物価高騰対策事業者支援補助金」を創設しました。
「誰もが生きやすい社会とチルドレン・ファースト」では、多様な立場の人の情報にアクセスする権利と円滑なコミュニケーションが保障される社会をめざし、条例の制定に向けた検討を進めました。医療的ケア児及びケア者とその家族の暮らしを支援するため、特別支援学校への登校を経済的に支援することで、家族のレスパイトにつなげました。
認知症の人に寄り添う機運醸成のため、認知症希望大使を招いたシンポジウムを実施しました。
猛暑対策として、クーリングシェルターを市内16施設に指定し、市独自の「涼みどころ」を市内24施設に指定しました。JR千鳥駅東口駅前広場にミストシャワーを設置、小野小学校・花鶴小学校の体育館及び古賀東中学校の体育館・武道場に空調設備を整備しました。
公共交通ネットワークの維持に向け、持続可能性を高める取組として自動運転バスの実証運行を実施しました。第2種運転免許取得支援のため補助制度を創設し、新たに3名が免許を取得しました。
男女共同参画フォーラムを通じ、ジェンダー平等意識の向上に取り組みました。併せて、プライド月間における啓発・交流会、パートナーシップ・ファミリーシップ宣誓制度の運用等を通じ、多様な性を尊重する社会づくりを推進しました。
外国籍市民等を「同じ地域で共に暮らす一員」として位置付け、「交流型日本語教室」の継続や「ママパパクラス」の本格開催、日本語学校留学生による民族舞踊のステージ発表や民族衣装展示など、多文化に触れる機会を創出しました。
フリースクール等利用児童生徒支援補助金を創設し、不登校児童生徒の多様な学びを保障しました。
令和7年7月から「こども誰でも通園制度」を開始し、利用時間は国基準に対し市独自に10時間を上乗せしました。多胎世帯への支援として、産後ケアの利用者負担を軽減し、産前・産後ヘルパーに外出支援を追加しました。
通級指導教室を新たに4校設置し、対象児童生徒が自校の慣れた環境で安心して指導を受けられるようになり、インクルーシブ教育の推進につながりました。
青柳小学校及び小野小学校では、1年生から3年生が西鉄バスで通学する際の定期券購入費を補助する制度を創設しました。令和7年9月から給食費の公会計化を実施し、管理の透明性向上等を図るとともに、国による小学校給食費の抜本的負担軽減に向けた準備を進めました。
高校生が市長の相談役となる「リバースメンター事業」を実施し、市長へ直接政策提言を行いました。昨年度の提言に基づくヤングケアラー啓発動画の配信も実施しました。
「コミュニティ再生による地域支え合い体制と郷土愛醸成」では、今後の自治会支援策を検討するための基礎資料「自治会カルテ」の作成のため、全46自治会を対象にヒアリングを実施し、実態把握に努めました。古賀市まちづくり基本条例の周知啓発のためリーフレットを作成し全戸配布するとともに、条例の運用状況を検証するため検証委員会を開催しました。
持続可能な消防団運営と地域防災力の強化に向け、消防団を再編し、機能別団員制度を導入しました。
令和7年度は3年に1度の民生委員一斉改選を実施し、市独自の活動費増額や委員定数増により平均年齢の低下を達成し、地域の見守り体制の維持・強化につなげました。
部活動の地域展開については、受け皿となる地域スポーツ団体を対象に説明会やアンケート調査を実施しました。
国史跡・船原古墳出土遺物は、重要文化財指定を見据えた保存・活用に向け、研究調査を着実に進めました。
特撮美術監督・井上泰幸氏の功績継承を目的に、「井上泰幸のセカイ展」やワークショップを実施しました。
プロスポーツ団体との連携では、九州プロレスやアビスパ福岡との交流事業を実施し、市民がスポーツに親しむ機会を創出、シビックプライドの醸成につなげました。
「多様な生き方を保障する働き方改革」では、デジタル化やDX推進に伴う執務環境整備を実施し、業務効率化と職場コミュニケーションの活性化を図りました。
電子決裁機能を備えた文書管理システムを構築し運用を開始、起案文書の決裁が円滑となり、事務効率が向上、庁内のペーパーレス化が進みました。
職員の安全と適正な業務遂行を確保し、限られた人的資源を有効活用して市民サービスの向上につなげるため、カスタマーハラスメント対応基本指針及び対応マニュアルを整備しました。業務効率化とサービス向上を図るため、職員発チャレンジ制度及び組織内副業制度を創設しました。公務員志望者に選ばれる自治体をめざし、労働環境整備として、子どもが中学校就学前まで取得可能な子どもサポート休暇制度の設計に着手しました。
投稿者:【mayor2010】
2026年08月24日 16時57分
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熊本地震から3週間の18日、被害の甚大な八代市を日帰りで訪問し、小野泰輔市長と意見交換。発災直後からのフェーズの変化に応じた全国の有志自治体による初動を振り返り、今後の支援のあり方を協議しました。
「活力ある地方を創る首長の会」(会長=田中幹夫・富山県南砺市長)の初動支援で、被災自治体と支援自治体をつなぐハブ機能を担う事務総長代行の古賀市長として、同会事務局長の堀江和博・滋賀県日野町長と共に訪ねました。
特に、首長の会の自治体による発災4日目から続く保健師派遣は、八代市の保健活動の多くを担っており、災害関連死防止に相当程度寄与しているとみられます。
さらには、発災翌日からの給水車やトイレトレーラー派遣、物資やガソリン送付などのプッシュ型の初動は、古賀市が現地に派遣するリエゾンによる情報共有を基礎として、既存スキームで追いついていない被災自治体ニーズに対応してきました。全国からの多大なるご協力に感謝申し上げます。
また、八代市同様に被害が大きく、首長の会として支援活動を展開する宇城市、氷川町も訪問しました。
現在のフェーズは、生活再建のための家屋調査の迅速化や、発災以来全く休めていない被災自治体職員の事務支援が求められています。引き続き、全国の皆さんと共に取り組んでいきたいと思います。
◇
大規模災害では発生間もない段階から災害関連死を防ぐために多くの保健師さんが必要ーー。
熊本地震の発生直後から八代市の小野泰輔市長とやり取りをする中、かなり早い段階で小野市長から私に提起がありました。これを受け、「活力ある地方を創る首長の会」で全国の首長の皆さんに呼び掛け、8月1日以降9月上旬までで、首長の会だけで延べ500人を超える保健師さんが八代市や氷川町で活動。既存スキームでは実現できませんでした。
このことについて小野市長が、私が訪問した18日夜の動画で発信してくださっています。ぜひご覧ください。
https://www.facebook.com/reel/2208777526726817
投稿者:【mayor2010】
2026年08月20日 10時08分
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17日午前6時37分、福岡県福岡地方を震源とし、糸島市で震度4。古賀市は震度2で、短時間揺れました。熊本地震から明日で3週間。地震はいつどこで起きるか分かりません。それぞれが常に意識し、行動できるように備えましょう。
◇
熊本地震では、熊本県外の複数の有志自治体が情報連絡・共有のためのリエゾンとして被災自治体に入り、連携して支援活動をするという新たな形をつくっています。
「活力ある地方を創る首長の会」の被災自治体支援で、全国のハブ機能を担う古賀市が発災直後から部長級職員と若手職員をリエゾンとして派遣すると共に、この1週間は、首長の会事務局長の堀江和博・滋賀県日野町長も幹部職員をリエゾンとして派遣してくださいました。これにより古賀市と日野町の職員が現場で一緒に活動し、実効性を高められました。
日曜日の16日午前、日野町の職員さんが滋賀への帰途、古賀市役所に立ち寄ってくれました。古賀市のリエゾン経験者、危機管理課職員と共に、これまでの経験や現状を踏まえ意見交換。現場のフェーズが変わる今、何が必要か。さらには今回の首長の会の既存スキームを超えたリアルタイムの取り組みを今後の災害初動対応にどう生かしていくか。
古賀市長を8年務め、全国の首長の皆さんとのネットワークを広げる中、どの市町村にも極めて優秀で信頼できる自治体職員さんがいると知ることができ、勇気づけられています。これも私の財産であり、政治家として今後につなげる責務があると考えています。
◇
連日、熊本地震での首長有志の独自支援が報道されています。住民の皆さんの生命、暮らしを守るため、首長がなぜ存在し、どう決断・行動し、自治体職員がどういう務めを果たしているのか。少しでも伝わればうれしく思います。
西日本新聞の14日付朝刊では、福岡ではテレビでもおなじみのタレント・コラムニストのトコさんが活力ある地方を創る首長の会による取り組みを紹介してくれました。ありがとうございます。
熊本地震の発生5日後、古賀市の青柳・五所八幡宮で開催されたマルシェ。トコさんと私のトークイベントがあり、初動支援の真っ最中だったことから、私からその現実を会場の皆さんにお伝えしたいと考え、お話ししたもの。
誰もがいつ大規模災害に遭遇してもおかしくないからこそ、防災意識を高めていただきたいとの思いもありました。皆さん、しっかりと受け止めてくださり、トコさんもこうして広げてくださり、よかったと思います。引き続き頑張ります。
◇
谷山の盆綱引き!
古賀市の無形民俗文化財の伝統行事。毎年8月15日に開催されます。山側と海側に分かれ、大綱を引き合います。山側が子どもたち、海側が地元の消防団員をはじめとした大人たち。私はいつものように大人側で参加。3本勝負で山側が勝ち!今年も「豊作」の吉兆!お疲れ様でした!汗だく。さらには雨も。
私の実家でも亡き祖父母はじめご先祖様をお迎えしていたお盆。夕方には送り火を。
投稿者:【mayor2010】
2026年08月17日 16時30分
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8月15日、戦後81年の終戦の日。
戦没者の皆さま、戦災死没者の皆さま、全ての先人の皆さまの御霊の安らかならんことを祈り、深く感謝し、この国の平和と繁栄の意味を見つめなおす一日。私は福岡県戦没者追悼式に古賀市長として参列しました。ご遺族の方の追悼の言葉を聴きながら、あらためて不戦を誓いました。古賀市も正午にサイレンを鳴らし、市民の皆さんと共に黙とう、哀悼の誠を捧げました。
昨年、戦後80年の節目に当たり、古賀の海岸から発信した私の思いは不変です。全文は以下になります。
<全文>
政治の究極目標は世界平和です。
今年は戦後80年、敗戦80年、そして、被爆80年の節目の年。
政治家の務めは人権保障を確立することであり、戦争が最大の人権侵害であることをあらためて心に刻みたい。そして、被爆国に生きる私たちが、核兵器の非人道性をあらためて共有し、ゆめゆめ政治家が核兵器の使用を示唆するようなことはあってはならないという当たり前のことを確認しておきたい。そう確認しなければならない現実に慄然とします。
勇ましい言葉は心地よく胸に響きます。社会不安が増す時はなおさらです。だからこそ、勇ましい言葉が聞こえてきたら、立ち止まり、その言葉が、私たちの幸せだったり、他者へのやさしさだったり、なによりも平和な社会につながるのか、冷静に考えたい。
戦後80年の今、戦争の記憶を風化させないことが、私たちの世代の重要な責務です。45歳の私の世代は、祖父母の多くが先の大戦を体験し、おそらく、日常生活の中でもその体験を「追体験」できてきた「最後の世代」ではないか、そう自覚しています。
だから、戦争が私たちの日常から何を奪うのか、祖父母から追体験したものを、次代に確実につないでいく責務がある。私が政治家として平和に取り組む原点はここにあります。
私の祖父は、旧陸軍に召集された父親が戦時失踪宣告、遺骨は存在しません。「シベリアに連れていかれた」との話もあります。祖父は「おやじは生きている」と信じ続けて、生きてきました。
祖母は、家族で現在の北朝鮮にいましたが、ソ連の侵攻から逃れながら38度線を越えました。祖母の姉はその途上で亡くなりました。祖母は生前、「赤ちゃんの泣き声は平和な証」と語っていました。半島から日本に帰国する船の中では、子どもが泣くことがありませんでした。
毎日新聞の記者時代、映画監督の吉田喜重さんを取材したのも貴重な経験です。吉田さんは12歳で福井空襲を体験。原爆の悲劇に翻弄される3世代の女性を描いた2003年公開の映画「鏡の女たち」を制作するにあたり、「福井空襲の恐怖と原爆。“内なる福井”と広島のイメージが重なった」としながらも、「亡くなった人にしか本当のことは分からない。自分に描く権利があるのか」と葛藤したとのお話が印象に残っています。
そして、映画で原爆投下の瞬間や惨状を描かなかったことについて、12歳で体験した福井空襲の恐怖が悲劇の再現を拒んだとしたうえで、「観客が自らの想像力で原爆の悲劇を作り上げる」「広島に近づこうとしても永遠に近づけない。すれすれの物語を描いた」と話されていました。
戦争、そして原爆が、私たち国民の暮らしから何を奪ったか。戦争体験者が急速に少なくなっている今、勇ましい言葉でなく、やさしい言葉で、平和の尊さを共有する営みを広げていきたいと思います。
古賀市は、被爆クスノキを全ての小学校と中学校、市役所、教育支援センター「あすなろ教室」に植樹しています。修学旅行では被爆地の長崎や広島を訪れ、「じんけん平和教室」として長崎でフィールドワークを実施し、独自の人権教育副読本「いのちのノート」でも原爆をテーマとしています。核兵器なき世界をめざし、次の世代とともに考え、行動しています。
「一隅(いちぐう)を照らす」
古賀市で青少年期を過ごし、アフガニスタン・パキスタンで人道支援活動に取り組んだ中村哲さんが、私たちに遺してくれた言葉です。「私にとっての一隅はアフガンだった。世界中の人がそれぞれの一隅を見つけて、その一隅を照らせば、世界中が照らされる。それが、きっと世界平和につながる」とのメッセージを、心に刻みたい。
中村哲さんの母校である古賀西小学校の子どもたちは、総合的な学習の時間を活用し、中村哲さんの人生の歩みを学び、絵本をつくりました。こうした一人一人の一つ一つの行動が、世界平和につながっていくと信じます。
今年は戦後80年、敗戦80年、そして、被爆80年の節目の年。本当に大切にしなければならない、変わってはならないものは何か。2025年の夏、このことを共に考え、決意を新たにしましょう。
投稿者:【mayor2010】
2026年08月17日 10時30分
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古賀市は熊本地震の被災地に職員をリエゾン(情報の連絡・調整員)として独自派遣し、全国の自治体のハブとなって現地ニーズに即応しています。
「速さが正義」(小野泰輔・八代市長)。国や都道府県の既存スキームを超えた「活力ある地方を創る首長の会」による今回の支援は、災害時の初動のあり方を提示できているのではないかと思います。
そして、危機管理における地方自治体の首長の決断の重要性。言うは易く行うは難し。状況が刻々と変化する中、その瞬間その瞬間で覚悟を持って行動する。ハブ機能を担っていて、全国の首長の皆さんに私自身も励まされる思いです。
朝日新聞が古賀市の現地リエゾンなどに取材し、8月13日付朝刊熊本面で報じてくれました。ウェブ版もありますのでぜひご一読ください。
https://www.asahi.com/articles/ASV8D3TQTV8DTLVB008M.html
そして、首長の全国ネットワークと連携の意義を広く知っていただく意味でも拡散していただけると幸いです。

◇子どもたちを育む地域の現場。
青小サマースクールへ。着いた瞬間、なるほど私の役割はクロスワードを手伝うことなのかとすぐに理解し、難易度やや高めの設問をフォロー。それにしても手が込んでいる「たぶん?脱出できないゲーム!」です。ヒントが教室の窓から見えるあそこに隠れていたり、天井に隠れていたり。脱出成功は1チーム、でもみんな飛び跳ねて楽しんでいました。
夏休み期間中(というかいつも)できるだけこうした現場を回っています。最近は久保西区、日吉台区、舞の里校区、花鶴校区、薬王寺区、庄北・庄南区、久保区。寺子屋やみんなの食堂を運営してくださっているそれぞれの地域の皆さんに敬意と感謝です。
こうしたコミュニティの営みの尊さ。子どもやその親が世代を超えて地域のおじさんやおばさんと「顔の見える関係」をつくっておくこと。私は大人になってその価値を一層実感するようになっています。そして、地震や豪雨など大規模災害が多発する今、ますます重要になっていますね。
私たちは一人では、家族だけでは生きていけません。
投稿者:【mayor2010】
2026年08月14日 15時04分
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全国シェアリングシティフォーラム!
最初のセッションで登壇しました。セッションのテーマは「日本列島シェア宣言〜シェアで日本列島の未来を共創する〜」。シェアリングエコノミー協会代表理事の石山アンジュさん、佐賀市の坂井英隆市長、日本総合研究所の藻谷浩介さんと共にトークしました。
熊本地震発生後であり、私からは全国有志の「活力ある地方を創る首長の会」として、古賀市が被災自治体と支援自治体をつなぐハブ機能を担い、被災地に古賀市職員をリエゾンとして派遣し、現地ニーズに応じた即応支援を展開していることを報告。そのうえで「初動対応には人材と情報のシェアが大事」との考えを共有しました。
そのまま西日本新聞と朝日新聞が報道。
私からは、古賀市がシェアリングエコノミー、DX、公民連携による共創をまちづくりの理念に位置付けていることとその実践について報告。市長室シェアや窓口受付時間短縮を挙げながら働き方改革・組織風土改革についても説明しました。
今回のフォーラムはなんと福岡での開催。いつも東京開催だったので、私が「シェアでめざすのは地方創生。地方で開催してほしいなー」とつぶやいていると、アンジュさんはじめシェアエコ協会の皆さんがすぐに実現してくれました。感謝!
これからもシェアを起点に、みんなで地方を、日本を、世界を盛り上げていきましょう!
投稿者:【mayor2010】
2026年08月12日 10時00分
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