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「タニマチ」の語源になった相撲好きの医師 薄 恕一(すすき じょいち)

慶応2年(1866年)、糟屋郡席内町(古賀市筵内)生まれ。15歳のときに出会った医師に可愛がられたことをきっかけに医学を志し、明治20年に知人を頼って大阪へ。
明治22年、大阪谷町に薄病院を開業。一貫して「貧乏人は無料、生活できる人は薬代1日四銭、金持ちは2倍でも3倍でも払ってくれ」を通したと言う、人情味あふれる人柄であった。
また、薄氏は無類の相撲好きとしても知られる。怪我をした力士を無料で治療したり、幕下力士のために谷町の自宅と病院の間の中庭に土俵を作ってけいこをさせたり、時には小遣いをあげたりするなどして力士を可愛がった。
その面倒見のよさから、元気な力士も「タニマチ」と言って薄氏を慕い、通ってくるようになったという。
その「タニマチ」が相撲の人気とともに全国に広がり、現在でも相撲界でひいきにしてくれる客、後援してくれる人などのことを指す言葉として使われるようになった。


また、医学以外にも大阪府議会議員を7期28年務めるほか、看護大学、商業学校を設立するなど、政治、教育に大きな功績を残した。
さらに、大正8年には、故郷の古賀市の小学校に薄図書館を建築寄付した。当時、学校図書館はまだ珍しく、教育への貢献などが認められて、昭和8年には文部省から図書館表彰を受けている。この図書館は、古賀市立図書館の礎となり、古賀市図書館教育の出発点となった。


薄氏
後列左から3人目が薄氏。
力士の顔も見られる。



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